スーツは嫌いだ。21歳の初夏、就活イベント会場の鏡に映る自分を見て思った。身に纏っていたのはアルバイト代で買ったパターンオーダーのスーツ。色はチャコールグレー。
服が好きだった私だが、スーツについては、無個性で均一化された人民服に思えた。社会人になると、これから先数十年もこれを着続けるのか、と文字通り、“鼠色”の人生の象徴のように感じていたのだ。
その私がいま、スーツを生業にし、当時よりさらに服を愛していられるのは“注文服店”深野羅紗店と出会ったからだと言える。幼少期から懐古主義的な嗜好に傾倒していた私は、こと服についてもクラシカルな雰囲気を求めた。